隋の統一と大運河
後漢滅亡後400年の分裂時代(三国・南北朝)を経て、581年に隋が中国を再統一しました。
分裂時代(220〜589年)
- 三国時代(魏・呉・蜀)→晋→南北朝時代(約170年の南北分裂)
- 仏教の普及:仏教寺院・石窟寺院(敦煌・雲崗)が建設
📘 隋の統一と滅亡
589年、文帝が中国を再統一。科挙制度を創設(試験で官僚を採用)。
2代煬帝:大運河(長安〜江南を結ぶ2000km超の水路)を建設。高句麗(朝鮮)遠征の失敗と大運河工事による民衆の疲弊→618年農民反乱で滅亡。
大運河は後の唐・宋・元・明・清代にも活用された中国の大動脈。
589年、文帝が中国を再統一。科挙制度を創設(試験で官僚を採用)。
2代煬帝:大運河(長安〜江南を結ぶ2000km超の水路)を建設。高句麗(朝鮮)遠征の失敗と大運河工事による民衆の疲弊→618年農民反乱で滅亡。
大運河は後の唐・宋・元・明・清代にも活用された中国の大動脈。
💡 ポイント
- 科挙制度:試験による官僚登用→能力主義・中央集権
- 大運河:南北を結ぶ物流の大動脈
- 隋は短命(38年)だが制度的遺産は大きい
練習問題
- 隋が創設した、試験で官僚を採用する制度を何というか。
- 隋の煬帝が建設した、南北を結ぶ大規模水路を何というか。
- 隋が短命で滅亡した主な原因を2つ答えよ。
解答
- 科挙(科挙制度)
- 大運河
- ①高句麗遠征の失敗 ②大運河建設による民衆への過重な労役負担