中国周辺 / モンゴルから清へ 4 / 6

清の衰退とアヘン戦争前夜

清の衰退とアヘン戦争前夜

19世紀初頭、清は人口急増・官僚腐敗・農民反乱で揺らぎ、急成長するイギリスとの貿易摩擦が高まっていました。

清の内部矛盾

  • 18〜19世紀の人口急増(3億→4億超)→土地不足・農民の困窮
  • 官僚の腐敗(和珅など)・財政悪化
  • 白蓮教徒の乱(1796〜1805年):農民反乱の頻発
📘 イギリスとの貿易摩擦
18世紀後半、産業革命後のイギリスが清との貿易拡大を要求。
・清は広州一港に限定し「公行(コホン)」に貿易を管理させる
・英国使節マカートニー(1793年)が通商条約を求めたが乾隆帝に拒否
・イギリスは対清貿易赤字解消のためインド産アヘンを中国に密輸→中国で麻薬中毒が急増・銀が流出
→林則徐が1839年アヘンを没収・廃棄→イギリスが報復戦争(アヘン戦争)へ
💡 ポイント
  • 清の衰退:人口増・腐敗・農民反乱
  • イギリスのアヘン密輸→中国の社会問題化
  • 林則徐のアヘン廃棄(1839年)→アヘン戦争(1840年〜)へ

練習問題

  1. イギリスがインドから中国に密輸した商品は何か。
  2. 清がイギリスとの貿易を管理するために設けた独占商人組合の名称を答えよ。
  3. 1839年にアヘンを没収・廃棄した清の官僚の名前を答えよ。

解答

  1. アヘン(阿片)
  2. 公行(コホン)
  3. 林則徐
🔒

このレッスンはログインが必要です

レッスン3以降を学習するにはアカウントが必要です。
無料で登録できます。

無料でアカウントを作る ログイン

このレッスンのQ&A

読み込み中...