ペルシャ戦争とアテネの繁栄
前5世紀、強大なペルシャ帝国とギリシャのポリスが激突しました。この戦争の勝利がアテネ民主政の黄金時代をもたらしました。
ペルシャ戦争(前492〜479年)
- マラトンの戦い(前490年):アテネ軍がペルシャを撃退
- テルモピュライの戦い:スパルタ王レオニダスが300人で奮戦
- サラミスの海戦(前480年):アテネのテミストクレス指揮で大勝
📘 ペリクレスの時代
ペルシャ戦争後、アテネはデロス同盟の盟主となり繁栄。ペリクレス(前443〜429年)の指導のもとパルテノン神殿を建設。陪審員制度の整備など民主政が完成に近づいた。
ペルシャ戦争後、アテネはデロス同盟の盟主となり繁栄。ペリクレス(前443〜429年)の指導のもとパルテノン神殿を建設。陪審員制度の整備など民主政が完成に近づいた。
ペロポネソス戦争(前431〜404年)
アテネ(デロス同盟)対スパルタ(ペロポネソス同盟)の全ギリシャ規模の戦争。アテネの敗北によりポリス体制は衰退へ向かう。
💡 ポイント
- マラトン→サラミスでペルシャを撃退
- ペルシャ戦争後のアテネが繁栄→パルテノン神殿
- ペロポネソス戦争でアテネが敗北→ポリスの衰退
練習問題
- 前480年のサラミスの海戦でアテネ軍を指揮した人物は誰か。
- アテネが主導した軍事同盟の名称を答えよ。
- ペロポネソス戦争の結果はどうなったか。
解答
- テミストクレス
- デロス同盟
- アテネが敗北し、スパルタが覇権を握った