主権国家体制の形成
宗教改革後のヨーロッパを襲った30年戦争(1618〜1648年)は、ドイツを戦場に繰り広げられた史上最大級の宗教・政治戦争でした。その収束がもたらしたウェストファリア条約は、現代の国際秩序の原型を築きました。
30年戦争の経緯
- 1618年「プラハ窓外投擲事件」:ボヘミアのプロテスタント貴族が帝国官僚を窓から投げ落とし開戦
- 当初は神聖ローマ帝国(カトリック)対ボヘミア(プロテスタント)の宗教戦争
- デンマーク・スウェーデン・フランス(カトリックだがハプスブルク牽制)が介入し国際戦争へ拡大
- ドイツの人口は戦争・疫病・飢饉で3分の1が失われたとも言われる
📘 ウェストファリア条約(1648年)の意義
①各国の領土主権の相互承認→内政不干渉原則の確立
②神聖ローマ帝国の実質的解体→ドイツは300以上の小邦国に分裂(統一は1871年まで遅れる)
③信仰の自由:カトリック・ルター派・カルヴァン派の共存を認可
④主権国家体制(ウェストファリア体制)の始まり:現代の国際関係の基礎。国連憲章も主権平等原則を継承
①各国の領土主権の相互承認→内政不干渉原則の確立
②神聖ローマ帝国の実質的解体→ドイツは300以上の小邦国に分裂(統一は1871年まで遅れる)
③信仰の自由:カトリック・ルター派・カルヴァン派の共存を認可
④主権国家体制(ウェストファリア体制)の始まり:現代の国際関係の基礎。国連憲章も主権平等原則を継承
国際法の誕生
グロティウス(オランダ、「自然法の父」)は「戦争と平和の法」(1625年)で、戦時にも守るべきルールを定める国際法の基礎を築きました。
練習
- 30年戦争のきっかけとなった事件の名称を答えよ。
- ウェストファリア条約が現代の国際秩序の「原型」とされる理由を説明せよ。
- 「国際法の父」と呼ばれるオランダの法学者の名前を答えよ。