中央アジア / イスラームの誕生と拡大 5 / 6

イスラーム世界の分裂とセルジューク朝

イスラーム世界の分裂とセルジューク朝

9世紀以降、アッバース朝カリフの権威は急速に形骸化し、各地に独立王朝が乱立します。そこへ中央アジアから台頭したトルコ系のセルジューク朝がイスラーム世界を再統合しました。

アッバース朝の解体

  • 9世紀:カリフがトルコ系軍人(グラム)を護衛として登用→実権をトルコ人軍人が掌握
  • 各地に独立王朝:イラン系サーマーン朝、エジプトのトゥールーン朝、ファーティマ朝(シーア派)など
  • カリフは宗教的権威のみを保持する「飾り物」化

セルジューク朝(1038〜1194年)

  • 中央アジアのトルコ系遊牧民セルジューク族がイランを統一
  • 1055年:バグダードに入城し、アッバース朝カリフからスルタン(世俗的支配者)の称号を授与される
  • スンナ派の盟主として、シーア派のファーティマ朝(エジプト)と対抗
  • 1071年:マンジケルトの戦いでビザンツ帝国を撃破→小アジアへのトルコ人進出→第1回十字軍の契機
  • ニザーミーヤ学院(マドラサ)を各地に設立し、スンナ派イスラーム教育を制度化
📘 例題①
「スルタン」という称号の意味と、その成立の歴史的背景を説明しなさい。
解答:スルタンはアラビア語で「権力・支配」を意味し、宗教的権威(カリフ)とは切り離された世俗的・軍事的支配者の称号。セルジューク朝のトゥグリル・ベクが1055年にアッバース朝カリフから初めてこの称号を得た。以後、カリフ(宗教)とスルタン(政治・軍事)の二元体制がイスラーム世界の標準となった。
💡 ポイント
  • アッバース朝の実権→トルコ系軍人(グラム)が掌握
  • セルジューク朝:スンナ派の盟主、スルタン称号の始まり
  • 1071年マンジケルトの戦い→第1回十字軍(1096〜1099)の遠因
  • マドラサ(学院)の制度化でスンナ派イスラームを強化

練習問題

  1. セルジューク朝が1055年にバグダードへ入城した際、アッバース朝カリフから得た称号は何か。
  2. 1071年のマンジケルトの戦いの相手国と、その結果(長期的影響)を答えなさい。
  3. マドラサとは何か説明しなさい。

解答・解説

  1. 解答:スルタン(世俗的支配者の称号)
    解説:以後カリフ=宗教的権威、スルタン=政治的権力という分離が定着。
  2. 解答:相手:ビザンツ帝国。影響:小アジアへのトルコ人進出が始まり、ビザンツ皇帝がローマ教皇に援軍を要請→第1回十字軍の遠因となった。
    解説:十字軍運動(1096〜)のきっかけのひとつ。
  3. 解答:イスラームの高等教育機関(宗教学校)。セルジューク朝宰相ニザーム=アルムルクが各地に設立し、スンナ派の学問・法学を教育した。
    解説:バグダードのニザーミーヤ学院が最も有名。ガザーリーらが講じた。
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このレッスンのQ&A

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