ムガル帝国(インド・アクバル大帝)
1526年にバーブルが建てたムガル帝国は、アクバル大帝の時代にインド亜大陸の大部分を支配する大帝国となりました。インド固有のヒンドゥー文化とイスラーム文化が融合したインド=イスラーム文明の最盛期です。
アクバル大帝(在位1556〜1605)
- 第3代皇帝。南アジアほぼ全域を統一
- 宗教宥和政策:ヒンドゥー教徒への人頭税(ジズヤ)を廃止、ヒンドゥー王侯をムガル帝国の高官・将軍として登用
- 「ディーン=イラーヒー」:アクバルが提唱した折衷的宗教(イスラーム・ヒンドゥー・ゾロアスター等の融合)
- 中央集権化:スバー(州)制度で全国を36の州に分け官僚統治
インド=イスラーム文化
- ウルドゥー語:アラビア文字で書かれるヒンディー語系言語、ムガル時代に発展
- タージ・マハル:5代皇帝シャー・ジャハーンが王妃のために建てた白大理石の廟(アーグラー)→世界遺産
- 細密画(ムガル絵画):ペルシア風とインド風の融合
- 建築:赤砂岩と白大理石を組み合わせたムガル様式
📘 例題①
アクバル大帝の宗教政策とその意義を説明しなさい。
解答:アクバルはヒンドゥー教徒への人頭税(ジズヤ)を廃止し、ヒンドゥー王侯(ラージプート)を帝国の官僚・将軍に積極登用した。また各宗教の良いところを取り入れた「ディーン=イラーヒー」を提唱した。この宥和政策により、イスラーム教徒が少数派であったインドで多数派ヒンドゥー教徒の協力を得て帝国の安定と拡大を実現した。
アクバル大帝の宗教政策とその意義を説明しなさい。
解答:アクバルはヒンドゥー教徒への人頭税(ジズヤ)を廃止し、ヒンドゥー王侯(ラージプート)を帝国の官僚・将軍に積極登用した。また各宗教の良いところを取り入れた「ディーン=イラーヒー」を提唱した。この宥和政策により、イスラーム教徒が少数派であったインドで多数派ヒンドゥー教徒の協力を得て帝国の安定と拡大を実現した。
💡 ポイント
- アクバル大帝:ジズヤ廃止・ヒンドゥー王侯登用・宗教宥和が安定の鍵
- タージ・マハル(シャー・ジャハーン)=インド=イスラーム文化の極致
- ウルドゥー語=アラビア文字+ヒンディー語系のムガル時代の産物
- 6代アウラングゼーブのジズヤ再導入→ヒンドゥー教徒の反発→帝国衰退の一因
練習問題
- アクバル大帝がヒンドゥー教徒への人頭税を廃止した政治的理由を答えなさい。
- タージ・マハルを建設した皇帝と、その建設目的を答えなさい。
- ムガル帝国の衰退と「ジズヤ」の関係を説明しなさい。
解答・解説
- 解答:ムガル帝国はムスリムが少数派でヒンドゥー教徒が圧倒的多数のインドを支配する必要があったため、ヒンドゥー王侯(ラージプート族)の協力を得て支配を安定させる必要があった。ジズヤ廃止と高官登用でその協力を確保した。
解説:宗教寛容政策が帝国拡大の実利的基盤となった。 - 解答:第5代皇帝シャー・ジャハーンが、死去した妃ムムターズ・マハルを弔うために建設した霊廟(マウソレウム)。1632〜1653年に建設、白大理石と宝石の象嵌が特徴。
解説:「愛のモニュメント」として世界遺産に登録。 - 解答:第6代皇帝アウラングゼーブがイスラーム法の厳格化を図りジズヤを再導入→ヒンドゥー教徒(マラーター族など)の大規模な反乱を招き、帝国の内部分裂が加速。18世紀にはマラーター王国などが台頭し、ムガル帝国は実質的に空洞化した。
解説:アクバルの宥和政策の逆転がムガル衰退の象徴的事例。