鎌倉文化と新仏教
鎌倉時代は、武士の素朴で力強い気風が文化に反映された時代です。同時に、戦乱と災害の中で民衆救済を目指す新しい仏教(鎌倉新仏教)が次々と生まれました。
基本知識
鎌倉文化の特徴は、貴族文化(平安)を受け継ぎつつ、武士の写実的・力強い表現が加わった点です。彫刻では運慶・快慶が東大寺南大門の金剛力士像(1203年)を制作。文学では『平家物語』(琵琶法師が語った軍記物)、鴨長明『方丈記』(無常観)、吉田兼好『徒然草』(随筆)、藤原定家『新古今和歌集』などが生まれました。歴史書では北条氏編纂の『吾妻鏡』、慈円の『愚管抄』が有名。
仏教では、それまでの貴族中心の難解な仏教に代わり、民衆にもわかりやすい救済を説く新仏教が登場しました。
浄土宗 法然 — 「南無阿弥陀仏」を唱える(専修念仏)
浄土真宗 親鸞(法然の弟子) — 悪人正機説
時宗 一遍 — 踊念仏で全国を遊行
日蓮宗(法華宗) 日蓮 — 「南無妙法蓮華経」、『立正安国論』
臨済宗 栄西 — 坐禅、武士に広まる、茶を伝える
曹洞宗 道元 — 只管打坐(ひたすら坐る)、『正法眼蔵』
深掘り (背景・影響)
鎌倉新仏教が生まれた背景には、源平の戦乱、飢饉、疫病などで「末法の世」という終末感が広がっていたことがあります。難しい修行や経典の理解ができない民衆にも、念仏や題目を唱えるだけで救われると説いたのが画期的でした。
禅宗(臨済宗・曹洞宗)は武士の精神修養に合致し、特に臨済宗は鎌倉・室町幕府の保護を受けました。栄西は中国から茶を持ち帰り、後の茶道文化の基礎を作りました。
金剛力士像は寄木造の技法で、高さ8m超の巨像をわずか69日で完成させた驚異の作品です。
- 運慶・快慶=東大寺南大門金剛力士像(1203年)
- 『平家物語』=軍記物、琵琶法師が語り伝えた
- 鴨長明『方丈記』、吉田兼好『徒然草』=三大随筆の二つ
- 『新古今和歌集』=後鳥羽上皇の命、藤原定家らが編纂
- 浄土宗=法然、浄土真宗=親鸞、時宗=一遍
- 日蓮宗=日蓮、臨済宗=栄西、曹洞宗=道元
- 悪人正機説=「悪人こそ救われる」、親鸞の教え
注意点 (混同しやすい)
① 浄土宗(法然)と浄土真宗(親鸞)を混同しない。親鸞は法然の弟子で、より徹底した教え(悪人正機説)を説いた。
② 臨済宗(栄西)と曹洞宗(道元)はどちらも禅宗。臨済=幕府保護、曹洞=地方武士・民衆に広まった。
③ 『平家物語』は作者不詳の軍記物、『源氏物語』(紫式部)は平安時代の物語。時代と作者が違う。
④ 日蓮は他宗を激しく批判したため、二度流罪になった。「南無妙法蓮華経」の題目を唱える。
練習
- 東大寺南大門金剛力士像を作った二人の仏師の名前を答えよ。
- 浄土真宗の開祖と、その教えの中心となる説の名前を答えよ。
- 禅宗のうち、栄西が開いた宗派と、道元が開いた宗派の名前を答えよ。