世界恐慌とファシズム
1929年の世界恐慌は資本主義の根幹を揺るがしました。経済危機は政治を急進化させ、ファシズムの台頭という最悪の結果を生みます。
基本知識
1929年10月24日(暗黒の木曜日)、ニューヨーク・ウォール街の株式市場が大暴落し世界恐慌が始まりました。米の失業率は25%に達し、世界貿易は3年で3分の1に縮小。各国は独自の対策を採用:米国はローズベルト(F.ローズベルト)がニューディール政策(TVAテネシー川流域開発、AAA農業調整法、NIRA全国産業復興法、ワグナー法、社会保障法)を実施。英仏は植民地を囲い込むブロック経済(英スターリング・ブロック、仏フラン・ブロック)を採用。ソ連は計画経済で恐慌の影響をほぼ受けず工業化を継続。イタリア・ドイツ・日本は植民地が少なく、ファシズムや軍国主義で対外侵略の道を選びました。
1922年 イタリア、ムッソリーニ「ローマ進軍」→政権獲得
1929年10月24日 暗黒の木曜日→世界恐慌
1933年1月 ヒトラー首相就任
1933年3月 全権委任法(ナチス独裁)、ドイツ国際連盟脱退
1935年 独再軍備宣言、伊エチオピア侵攻
1936年 ラインラント進駐、スペイン内戦勃発、日独防共協定
1938年 独オーストリア併合、ミュンヘン会談(ズデーテン地方)
1939年 独チェコスロヴァキア解体、独ソ不可侵条約、ポーランド侵攻
深掘り (背景・影響)
ドイツではアドルフ・ヒトラー率いるナチ党(国民社会主義ドイツ労働者党)が世界恐慌の混乱に乗じて議席を拡大。1932年に第一党となり、1933年1月30日にヒンデンブルク大統領がヒトラーを首相に任命。2月の国会議事堂放火事件を口実に共産党を弾圧、3月23日に全権委任法を可決し議会から立法権を政府に移譲、1934年のヒンデンブルク死去後は総統(Führer)として独裁を確立しました。反ユダヤ主義(1935年ニュルンベルク法、1938年水晶の夜)、ゲシュタポ(秘密警察)、強制収容所(ダッハウ1933開設等)で恐怖政治を敷きました。イタリアではムッソリーニが1922年にローマ進軍で政権を奪取済み。1937年には日独伊三国防共協定が成立し、枢軸国(Axis)が形成されます。
- 世界恐慌=1929年10月24日NY株価大暴落
- 米国=ニューディール(F.ローズベルト)
- 英仏=ブロック経済
- ソ連=計画経済で恐慌の影響を受けず
- 独伊日=ファシズム・軍国主義
- ムッソリーニ=1922年ローマ進軍
- ヒトラー首相就任=1933年1月30日
- 全権委任法=1933年3月、独裁確立
注意点 (混同しやすい)
① F.ローズベルト(フランクリン、1933-45・ニューディール・第二次大戦)とT.ローズベルト(セオドア、1901-09・日露戦争仲介)は別人。② ファシズム(伊・ムッソリーニ)とナチズム(独・ヒトラー)は別の運動だが類似性が高い。③ NIRA(全国産業復興法)・AAA(農業調整法)・TVA(テネシー川流域開発)の略称を覚える。④ ニュルンベルク法(1935・反ユダヤ法)とニュルンベルク裁判(1945-46・戦犯裁判)は別物。
練習
- 世界恐慌が始まった年月日と発端の場所は。
- 米国でニューディール政策を実施した大統領は誰か。
- 1933年に「全権委任法」でドイツの独裁を確立した政党と指導者は。