西洋 / ルネサンスと宗教改革 3 / 6

宗教改革:ルターと95か条

宗教改革:ルターと95か条

16世紀初頭、カトリック教会の腐敗と免罪符の販売に反発したマルティン・ルターが宗教改革の火ぶたを切りました。この改革はキリスト教世界を永遠に変えることになります。

宗教改革の背景

  • ローマ教皇庁によるサン・ピエトロ大聖堂建設資金目的の免罪符(贖宥状)販売
  • 聖職者の腐敗・世俗化への民衆の不満
  • 活版印刷術の普及で批判の声が急速に広がる環境
  • ドイツ諸侯が教皇への対抗手段として改革を支持
📘 ルターの「95か条の論題」(1517年)
ドイツの神学者マルティン・ルターがヴィッテンベルク城教会の扉に免罪符批判の論文「95か条の論題」を掲示(1517年10月31日)。
主張の核心:「聖書のみ(Sola Scriptura)」「信仰のみ(Sola Fide)」。人は聖書を自ら読み信仰によって救われるとし、教会の権威・仲介を否定。
ルターはドイツ語聖書を翻訳し、一般信者も聖書を読めるようにした。

プロテスタントの誕生

ローマ教皇レオ10世はルターを破門しましたが、ドイツ諸侯の保護を受けたルターは改革を続けました。ルターに従う人々は「プロテスタント(抗議者)」と呼ばれ、カトリックから独立した新教として各地に広がりました。

練習

  1. ルターが宗教改革を始めた直接のきっかけ(批判した対象)を答えよ。
  2. ルターの主張「聖書のみ・信仰のみ」の意味を説明せよ。
  3. ルターが破門されてもなお改革を続けられた理由を答えよ。
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