中国周辺 / 秦・漢帝国と中華世界 2 / 6

漢の成立と武帝

漢の成立と武帝

秦滅亡後の楚漢戦争に勝利した劉邦(高祖)が前202年に漢(前漢)を建国しました。その後、武帝の時代に漢は最盛期を迎えます。

前漢の成立と郡国制

劉邦は秦の苛酷な政治を反省し、当初は封建制と郡県制を組み合わせた郡国制を採用しました。諸侯王(劉氏の一族)に領地を与えつつ、中央直轄の郡も設けました。

  • 前202年:劉邦が長安を都として前漢を建国
  • 郡国制:親族・功臣に封地を与えつつ徐々に中央集権化
  • 文帝・景帝の時代(前2世紀):「文景の治」と呼ばれる安定期
📘 武帝(前141〜前87年)の中央集権化
推恩令:諸侯王の領地を子に分割相続させ、諸侯の力を弱体化
儒教の官学化:董仲舒の建議により儒学を国家の学問(官学)として採用。太学(国立大学)を設置
均輸法・平準法:国家が物資の流通を管理し財政を安定化
塩・鉄・酒の専売制:財政強化の柱
武帝の時代に漢帝国は対外的にも積極的で、匈奴を撃退し西域へと進出しました。

儒教と国家

武帝が儒教を官学とした決定は中国史上きわめて重要です。以降、儒教は科挙試験の中心教材となり、東アジア全体の政治思想・倫理規範として約2000年にわたって影響を与え続けました。

練習

  1. 武帝が諸侯の力を削ぐために施行した、領地分割を促す制度を何というか。
  2. 武帝が儒学を国家の学問として採用するよう建議した人物は誰か。
  3. 武帝が財政強化のために実施した専売制の対象品目を2つ挙げよ。

このレッスンのQ&A

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