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倍速視聴を効率がいいと思っている人はただの依存者

倍速視聴を効率がいいと思っている人はただの依存者

最近、自分の動画の見方について考えることがある。いつからか、YouTubeを開くとまず右下のスピードボタンに手が伸びるようになっていた。1.5倍速が「普通」になり、1倍速で再生し始めると、なんとなく間延びしているような感覚がある。

これって本当に効率がいいんだろうか、と思い始めたのはわりと最近のことで、映画館で2時間の映画を見終わった後、「長かったな」ではなく「遅かったな」という感覚がふとよぎったときだった。映画のテンポではなく、自分の脳の受け取り方が変わっていたのかもしれない、と。

スマートフォンで動画を見る手元
1.5倍速が「ふつう」になってしまった日常

倍速視聴が当たり前になった背景

倍速視聴が広まったのは、ここ数年のことだ。YouTubeに1.75倍・2倍ボタンが標準搭載され、Netflixも追従し、今では動画配信プラットフォームのほぼすべてが再生速度の変更に対応している。NHK放送文化研究所の調査(2023年)によれば、10代〜30代の若者の約6割が動画を倍速やスキップを使いながら見た経験を持つという。

その理由として一番多く挙げられるのは「時間を有効に使いたいから」。これはよくわかる気がする。自分も最初はそういう意識で使い始めた。でも、調査の第2位以降が少し気になった——「普通のスピードだとじれったく感じる」「早送りしないと集中できない」という声だ。

これは効率の話というより、感覚の変化なんじゃないか。「速いほど快適」という状態に慣れてしまったことで、通常速度が「遅い」と感じるようになっている。

「消費した」ことと「理解した」ことは別の話

倍速視聴を正当化するとき、よく出てくるのが「同じ時間で多くのコンテンツを見られる=インプットが増える」という論理だ。これ自体は一見合理的に聞こえる。

ただ認知心理学には「処理深度(depth of processing)」という概念があって、情報を浅く処理するか深く処理するかで、記憶への定着率が大きく変わると言われている。何かをぼんやり眺めるのと、立ち止まって考えながら見るのとでは、残り方が全然違う。倍速視聴は、どちらかといえば前者を促しやすい。

慶應義塾大学の研究グループが行った実験では、倍速視聴グループと通常速度グループで視聴後のテストを比較したところ、倍速グループの正答率が平均約17%低かったという結果が出たとされている。コンテンツを「たくさん見た」はずなのに、残ったものは少ない——そういうことが起きうる。

集中して何かを考えている人
「見た」という事実と「理解した」という体験の間には、意外と大きな距離がある

「遅さへの耐性」がなくなってきたかもしれない

スタンフォード大学の神経科学者アンドリュー・ヒューバーマン博士は「現代人が集中できなくなったのは注意力の問題ではなくドーパミン基準値の問題だ」と指摘している。刺激の密度が上がりすぎて、通常の刺激では脳が「物足りない」と感じるようになっている、という話だ。

ドーパミンは「報酬を得たとき」より「報酬を期待するとき」に分泌されると言われる。次のシーン、次の展開、次の刺激——そこへ早く到達しようとする行動が、倍速視聴として現れているとも考えられる。そして速いペースに慣れると、通常速度ではドーパミンの分泌が「追いつかない」感覚になりやすい。

自分の場合、倍速を使い始めてしばらく経ったころ、1倍速で見ると「なんか間が長い」と感じることが増えていた。コンテンツの質が落ちたわけではなく、自分の感覚が変わっていたんだと思う。

「1倍速で映画が見られない」という話

SNSでたまに「映画館に行ったら2時間が長すぎて集中できなかった」「Netflixで映画を見るとき1.5倍速にしないと途中で離脱する」という投稿が話題になることがある。笑い話として共有されることが多いけれど、自分にもちょっと身に覚えがあって笑えない部分もある。

映画館では倍速もスキップもできない。監督が意図した間、俳優の沈黙、風景のカット——そういうものが「無駄」に感じられてしまうなら、それは受け取り方の問題というより、脳の処理スピードの基準が変わってしまったということかもしれない。

倍速が「悪い」とは一概には言えない。緊急時のスキップも、繰り返し学習での2倍速再生も、使い方によって意味はある。問題があるとすれば「デフォルトが倍速」になっていて、それが「自分の選択」なのか「やめられない習慣」なのかが曖昧になっているときかもしれない。

暗い映画館のスクリーン
映画館では「等速」しか選べない。そのことが今、ちょっとした試練に感じることがある

「消化量」よりも「語れる量」で測ってみる

最近、動画を見た後に「これを人に説明できるか」を意識するようにした。それだけで、倍速で流し見するより、ゆっくり見て途中で考える時間を作るほうが、後に残るものが多いことに気づいた。

「今週何本見たか」より「今週見たもので何を語れるか」のほうが、インプットの質を測る指標として正直なんじゃないかと思う。

もし気になった人は、一週間だけ1倍速で動画を見てみるのもおもしろいかもしれない。最初は遅く感じるかもしれないけど、その感覚自体が「自分の感覚がどれだけ変わっていたか」を教えてくれる。それが分かるだけでも、何か得られるものがある気がしている。

倍速視聴が悪習慣だとは思わない。ただ、「効率がいいから使っている」なのか「遅さに耐えられないから使っている」なのか、たまに立ち止まって確認してみるのは、案外大事なことかもしれない。

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