黄河文明と殷・周
中国文明は黄河流域に発生し、殷(商)・周と続く王朝が中国の礎を築きました。
黄河文明の成立
- 前3000年ごろ:黄河中流域に農耕文明(彩陶文化・仰韶文化)
- 前2000年ごろ:青銅器・文字(甲骨文字)の使用開始
殷(商)王朝(前1600〜前1046年ごろ)
- 甲骨文字:亀の甲や牛の骨に刻んだ占いの記録→中国最古の文字
- 青銅器文明の最盛期
- 神権政治:王が祭祀と政治を兼ねる
📘 周王朝と封建制度
前1046年ごろ、周(武王)が殷を滅ぼす。周は封建制(諸侯に土地を与え統治)を確立。
前771年:犬戎(北方民族)の侵入で周が洛邑(洛陽)に遷都→東周時代(春秋・戦国時代)へ。
「礼楽」(儀礼と音楽)を政治の基本とし、後の儒家思想に影響。
前1046年ごろ、周(武王)が殷を滅ぼす。周は封建制(諸侯に土地を与え統治)を確立。
前771年:犬戎(北方民族)の侵入で周が洛邑(洛陽)に遷都→東周時代(春秋・戦国時代)へ。
「礼楽」(儀礼と音楽)を政治の基本とし、後の儒家思想に影響。
💡 ポイント
- 甲骨文字→漢字の起源
- 周の封建制→後の春秋戦国時代の諸侯割拠の原因
- 東周への遷都(前771年)が「春秋時代」の始まり
練習問題
- 殷王朝で使われた中国最古の文字を何というか。
- 周王朝が採用した統治システムの名称と内容を答えよ。
- 前771年に周が遷都した原因と移転先を答えよ。
解答
- 甲骨文字
- 封建制。王が諸侯に土地(封土)を与え、諸侯は軍役・貢納を行う
- 北方民族(犬戎)の侵入。洛邑(洛陽)に遷都