農民の生活と奈良時代の社会
華やかな天平文化の裏には、過酷な税と労役に苦しむ農民の暮らしがありました。山上憶良の貧窮問答歌を手がかりに、奈良時代の社会を見ていきましょう。
基本知識
奈良時代の農民は、律令制度のもとで以下の重い負担を負っていました:
・租(そ): 収穫の約3%を稲で納める(地方財源)
・庸(よう): 都での労役10日、または布で代納
・調(ちょう): 各地の特産物を納める(中央財源)
・雑徭(ぞうよう): 国司の指示による地方労役、年60日以内
・兵役: 成人男子の3分の1が兵役、3年間
・防人(さきもり): 兵役の一種、東国農民が3年間九州を警備
・運脚(うんきゃく): 調・庸を自費で都へ運ぶ
これらの負担に耐えきれず、農民が逃亡する例が増えました。山上憶良(やまのうえのおくら)の「貧窮問答歌(ひんきゅうもんどうか)」には、極貧の農民の生活が生々しく描かれており、『万葉集』に収録されています。
租 稲・収穫の約3%(地方財源)
庸 都での労役10日または布で代納
調 特産物(絹・麻・塩・海産物)
雑徭 地方での労役、年60日以内
兵役・防人 成人男子に兵役、東国出身が九州警備
運脚 調・庸を自費で都へ運ぶ
貧窮問答歌(山上憶良) 万葉集収録、農民の苦しみを描く
深掘り (背景・影響)
山上憶良は遣唐使経験のある教養人で、地方の国司も務めた人物です。彼の「貧窮問答歌」は、貧しい農民の声を代弁する形式で、リアルな貧困を描写しました。歌の一部:
「かまどには 火気ふきたてず こしきには 蜘蛛の巣かきて 飯炊くことも 忘れて」(かまどに火を起こすこともなく、米を蒸すこしきには蜘蛛の巣がかかり、米を炊くことも忘れた)
「父母は枕の方に 妻子どもは足の方に 囲みゐて 憂へさまよひ かまどには 火気ふきたてず」(父母は枕元に、妻子は足元に集まり、嘆き悲しんでいる)
このような農民を救うはずの律令制度が、実は農民を苦しめる結果となっていたのです。
農民の逃亡を防ぐため、政府は戸籍を6年ごとに作成し、人民の管理を強化しました。しかし、戸籍を偽って税を逃れる「偽籍(ぎせき)」も横行しました。例えば、男子が多いと税が高くなるため、女子と申告する偽装が多発しました。
防人は東国(関東地方)の農民から選ばれ、3年間北九州の警備に派遣される過酷な任務でした。多くの防人は故郷との別れを悲しむ歌を残しており、『万葉集』巻20に「防人歌」として収められています。
こうした農民の窮状と政府の財政難が、墾田永年私財法のような土地私有の容認へとつながり、結果として律令制度を崩壊させていきました。律令国家の理想と現実の乖離は、奈良時代の大きな矛盾だったのです。
- 農民の負担: 租・庸・調・雑徭・兵役・防人・運脚
- 山上憶良「貧窮問答歌」= 農民の苦しみを描写
- 戸籍6年ごと、偽籍(女子と偽る等)が横行
- 防人 = 東国出身、九州警備3年、防人歌
- 農民逃亡 → 口分田の荒廃 → 律令制度の動揺
- 運脚 = 自費で税を都に運ぶ過酷な労役
- 律令制度の理想と現実の乖離
注意点 (混同しやすい)
① 山上憶良の代表作「貧窮問答歌」は『万葉集』収録。「貧」を「ひん」と読む。② 「租」は地方財源、「庸・調」は中央財源。違いを覚える。③ 防人は東国(関東)から徴発されて九州を警備。逆ではない。④ 「運脚」は税を運ぶ労役。手当も食費もなく自費負担で、途中で行き倒れる者も多かった。⑤ 偽籍は税逃れの一種。家族構成を偽る・年齢を偽るなど様々。⑥ 「貧窮問答歌」と「東歌・防人歌」はすべて『万葉集』に収録されている。万葉集の幅広さの証。
練習
- 奈良時代の農民が負担した3つの主要な税(租庸調)の内容を簡潔に答えよ。
- 『万葉集』に「貧窮問答歌」を残した歌人の名前を答えよ。
- 「防人」とはどのような任務か、誰が誰を警備したかを含めて説明せよ。