富国強兵と文明開化
明治政府は欧米列強に追いつくため、「富国強兵」をスローガンに国の近代化を急速に進めました。同時に人々の生活様式も大きく変化します。
基本知識
政府は殖産興業(国を富ませる)と富国強兵(強い軍隊を持つ)を掲げました。1872年に学制を公布し6歳以上の男女に小学校教育を義務化、1873年に徴兵令で満20歳男子に兵役を課し、地租改正で土地に対して地価の3%を現金で納める税制に改めました。官営模範工場として富岡製糸場(群馬・1872)が設立され、生糸産業が発展。鉄道・電信・郵便など近代インフラも次々整備されました。
📘 三大改革の年表
1872年 学制公布、富岡製糸場操業、新橋〜横浜鉄道
1873年 徴兵令、地租改正条例
1871年 郵便制度開始(前島密)
1872年 太陽暦採用
1877年 第1回内国勧業博覧会
1872年 学制公布、富岡製糸場操業、新橋〜横浜鉄道
1873年 徴兵令、地租改正条例
1871年 郵便制度開始(前島密)
1872年 太陽暦採用
1877年 第1回内国勧業博覧会
深掘り (背景・影響)
文明開化の風潮で、東京の銀座にはレンガ造りの建物が立ち並び、ガス灯・人力車・洋服・牛鍋が流行しました。福沢諭吉は『学問のすゝめ』で「天は人の上に人を造らず」と説き、中江兆民はルソーを翻訳して自由民権思想を広めました。一方、地租改正に対しては税負担が重く地租改正反対一揆が起こり、1877年に税率は2.5%に引き下げられます。1871年に岩倉具視を全権大使とする岩倉使節団が欧米を視察し、近代国家のモデルを学びました。
💡 ポイント
- 三大改革:学制(1872)・徴兵令(1873)・地租改正(1873)
- 地租は地価の3%→2.5%(現金納付)
- 官営模範工場の代表=富岡製糸場
- 福沢諭吉『学問のすゝめ』、中江兆民『民約訳解』
- 岩倉使節団(1871-73):岩倉具視・大久保利通・木戸孝允・伊藤博文
- 新貨条例(1871)で円・銭・厘の貨幣単位導入
注意点 (混同しやすい)
① 殖産興業(産業育成)と富国強兵(軍事強化)はセットだが意味は別。② 地租は当初3%(現金納付、地価基準)、年貢(米納)と区別。③ 富岡製糸場は群馬県、八幡製鉄所(1901)は福岡県で時代も違う。④ 福沢諭吉=慶應義塾/『学問のすゝめ』、大隈重信=早稲田大学、と人物と業績を結びつける。
練習
- 1873年に始まった土地税制改革を何というか。
- 群馬県に設立された官営模範工場の名称は。
- 『学問のすゝめ』を著した思想家は誰か。