ロシア革命と社会主義国家の誕生
1917年、第一次大戦中のロシアで世界初の社会主義革命が成功します。ソ連の誕生は20世紀の政治・思想に決定的影響を与えました。
基本知識
大戦中のロシアは戦況悪化と食糧不足で社会が動揺。1917年3月(露暦2月)、首都ペトログラード(現サンクトペテルブルク)で食糧暴動から二月革命(三月革命)が起き、ニコライ2世が退位してロマノフ朝が滅亡。臨時政府(自由主義者中心)とソビエト(労働者・兵士の評議会)の二重権力状態となりました。臨時政府が戦争を継続する方針に反対したレーニン(亡命先のスイスから「封印列車」で帰国)は四月テーゼで「全権力をソビエトへ」を訴え、1917年11月(露暦10月)に十月革命(十一月革命)を成功させ世界初の社会主義政権を樹立しました。
1905年 血の日曜日事件→第1次ロシア革命
1917年3月 二月革命→ロマノフ朝崩壊
1917年11月 十月革命(レーニン・ボリシェヴィキ)
1918年3月 ブレスト=リトフスク条約(独と単独講和)
1918-22年 内戦・干渉戦争(シベリア出兵)
1922年 ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)成立
1924年 レーニン死去→スターリン体制へ
1928年 第1次五か年計画開始
深掘り (背景・影響)
革命直後、レーニンは「平和に関する布告」(無併合・無賠償・民族自決)と「土地に関する布告」(土地国有化・農民へ分配)を発布。1918年3月にブレスト=リトフスク条約で独と単独講和し戦争を離脱しましたが、ウクライナ等の広大な領土を失います。革命に反対する白軍と赤軍の内戦が起こり、英仏米日(シベリア出兵1918-22)が干渉。最終的にレーニン率いる赤軍が勝利、1922年12月30日にソビエト連邦(ソ連)が成立しました。1924年レーニン死後、スターリンが権力を握り、一国社会主義論を採用、1928年第1次五か年計画で重工業化・農業集団化(コルホーズ・ソフホーズ)を強行。世界恐慌の影響を受けずに工業力を急成長させましたが、1930年代の大粛清では数百万人が犠牲となる暗黒面も生みました。
- 二月革命=1917年3月、ロマノフ朝崩壊
- 十月革命=1917年11月、レーニン・ボリシェヴィキ
- 「全権力をソビエトへ」=レーニン四月テーゼ
- ブレスト=リトフスク条約=1918年3月、対独単独講和
- シベリア出兵=1918-22年、対ソ干渉
- ソ連成立=1922年12月30日
- スターリン五か年計画=1928年〜、重工業化・農業集団化
- コミンテルン=1919年、国際共産主義組織
注意点 (混同しやすい)
① 二月革命(西暦3月)・十月革命(西暦11月)はロシア旧暦(ユリウス暦)の月名。新暦より13日遅れ。② レーニン(革命指導者、ボリシェヴィキ)、トロツキー(赤軍創設者、後にスターリンに追放・暗殺)、スターリン(独裁者、五か年計画)を区別。③ マルクス『資本論』(1867)・レーニン『帝国主義論』(1916)・スターリン『一国社会主義』論を整理。④ シベリア出兵(1918-22)は日本もシベリアに7万人派遣、被害甚大。
練習
- 1917年11月の十月革命を主導した革命家は誰か。
- 世界初の社会主義国家ソビエト連邦が成立したのは何年か。
- レーニンの後継者として独裁体制を築いた人物は。