遊牧国家の登場
中央ユーラシアの広大な草原地帯(ステップ)では、馬に乗って移動しながら牧畜を営む遊牧民が暮らしていました。紀元前数世紀から、これらの遊牧民は強力な国家を形成し、定住農耕文明とは異なる独自の政治・軍事組織を発展させました。
スキタイ(前7〜前3世紀)
- 黒海北岸の草原に展開したイラン系遊牧民
- 騎馬・弓術に優れた最初の本格的な騎馬遊牧国家とされる
- 独特のアニマル文様(動物闘争文様)の金細工が有名
- ヘロドトスの『歴史』にその生活様式が詳述されている
匈奴(前3〜後1世紀)
- モンゴル高原を中心とした遊牧民連合国家。民族系統は不明
- 冒頓単于(ぼくとつぜんう)が前200年頃に統一し、漢の高祖劉邦を白登山の戦いで破る
- 漢との関係:匈奴の南侵に対抗して秦・漢が万里の長城を整備。漢は「和親政策」(公主送出・絹布贈与)で妥協する場面もあった
- 1世紀に南北匈奴に分裂し、後漢の反攻と内紛で衰退
📘 重要事項
匈奴と漢の関係:前200年白登山の戦いで漢の劉邦が匈奴に包囲され屈辱的和睦。その後も漢は「和親」(絹・穀物贈与+公主の嫁出し)で関係を維持。武帝(前141〜前87)の時代に張騫を西域に派遣し、匈奴の挟撃を図りながら積極的な反撃に転じた。
匈奴と漢の関係:前200年白登山の戦いで漢の劉邦が匈奴に包囲され屈辱的和睦。その後も漢は「和親」(絹・穀物贈与+公主の嫁出し)で関係を維持。武帝(前141〜前87)の時代に張騫を西域に派遣し、匈奴の挟撃を図りながら積極的な反撃に転じた。
騎馬遊牧民の強さの秘密
遊牧民の軍事力は高い機動力と騎射(馬上弓射)にありました。農耕民の重装歩兵は広大な草原で機動する騎馬軍団に対応できず、遊牧国家は数の少なさを機動力で補いました。また略奪と遠征で得た戦利品が遊牧国家の経済基盤でもありました。
練習
- 匈奴を統一した指導者(単于)の名前と、その業績を答えなさい。
- 漢の武帝が匈奴包囲のために西域へ派遣した人物の名前と目的を答えなさい。
- スキタイが「最初の騎馬遊牧国家」とされる理由を2点挙げなさい。