中央アジア / イスラームの誕生と拡大 3 / 6

ウマイヤ朝とアッバース朝

ウマイヤ朝とアッバース朝

661年、ムアーウィヤがカリフに就任してウマイヤ朝を開きました。その後750年にアッバース朝が成立し、イスラーム世界は「万民平等」を掲げた帝国へと変貌します。

ウマイヤ朝(661〜750年)

  • 首都:ダマスクス(シリア)
  • アラブ人優遇:アラブ人ムスリムが政治・軍事を独占、非アラブ改宗者(マワーリー)は差別された
  • 最大版図:スペイン(イベリア半島)・中央アジア・インド西部まで拡大
  • 732年:トゥール・ポワティエ間の戦いでフランク王国に敗れ、西欧への進出が止まる

アッバース朝(750〜1258年)

  • アラブ人優遇を廃止し、ペルシア人・トルコ人など非アラブ人を登用する「イスラーム帝国」へ
  • 首都:バグダード(762年建設)。円形の計画都市
  • カリフは宗教的権威の象徴、ヴィジール(宰相)が実務を担うペルシア式官僚制
  • 8〜9世紀が最盛期。貿易・学問・都市が繁栄
📘 例題①
ウマイヤ朝とアッバース朝の統治の最大の違いを述べなさい。
解答:ウマイヤ朝はアラブ人ムスリムを優遇し、非アラブ人改宗者(マワーリー)を差別するアラブ民族主義的政策をとった。アッバース朝はイスラームへの改宗を条件に民族にかかわらず平等に扱い、ペルシア人官僚を積極登用した「万民平等のイスラーム帝国」を標榜した。
📘 例題②
バグダードが「円形都市」と呼ばれる理由を答えなさい。
解答:762年にカリフ・マンスールが建設したバグダードは、カリフ宮殿を中心に同心円状の城壁を持つ計画都市であったため「円城市」と呼ばれる。ティグリス川沿いの交通の要衝に位置し、最盛期には人口100万を超えたとも言われる。
💡 ポイント
  • ウマイヤ朝:首都ダマスクス、アラブ人優遇、最大版図はスペインまで
  • 732年トゥール・ポワティエの戦いでヨーロッパ進出が阻まれる
  • アッバース朝:首都バグダード、民族平等、ペルシア式官僚制
  • マワーリー(非アラブ改宗者)の不満がアッバース革命の背景

練習問題

  1. ウマイヤ朝の首都とアッバース朝の首都をそれぞれ答えなさい。
  2. マワーリーとは何か説明しなさい。
  3. 732年の戦いの名前と、その歴史的意義を答えなさい。

解答・解説

  1. 解答:ウマイヤ朝→ダマスクス、アッバース朝→バグダード
    解説:バグダードはティグリス川沿いの要衝に762年建設された。
  2. 解答:非アラブ人のイスラーム改宗者(主にペルシア人やベルベル人)。ウマイヤ朝ではアラブ人と同等の待遇を受けられず不満を抱いた。
    解説:マワーリーの不満がアッバース朝成立の一因。
  3. 解答:トゥール・ポワティエ間の戦い。フランク王国のカール=マルテルがイスラーム軍を撃退し、イスラームの西欧進出を阻止した。
    解説:「西洋をイスラームから救った戦い」とも言われる。
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このレッスンのQ&A

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