国風文化と仮名文字の発達
平安時代中期、遣唐使の廃止により、それまでの唐風文化を消化して日本独自の「国風文化」が花開きました。仮名文字の発達により、女性たちが活躍する文学が生まれました。
基本知識
国風文化(こくふうぶんか)は、平安時代中期(10〜11世紀)に栄えた、日本独自の文化です。
背景:
・894年: 菅原道真の建言で遣唐使廃止 - 唐の衰退と航路の危険
・以後、中国文化の流入が減り、日本で消化・独自化が進んだ
・仮名文字(ひらがな・カタカナ)の発達 → 表現の自由化
主な文学作品:
・『古今和歌集』(905年): 紀貫之ら撰、初の勅撰和歌集
・『竹取物語』: 日本最古の物語、かぐや姫
・『枕草子』: 清少納言、随筆
・『源氏物語』: 紫式部、長編小説
・『土佐日記』: 紀貫之、女性に仮託した日記
・『更級日記』: 菅原孝標女、女性の日記
建築・美術:
・寝殿造(しんでんづくり): 貴族の邸宅様式
・大和絵: 日本的な風景・人物画
・平等院鳳凰堂: 藤原頼通建立(1052年)、極楽浄土を表現
『古今和歌集』(905年) 紀貫之ら、初の勅撰和歌集
『竹取物語』 日本最古の物語、かぐや姫の物語
『枕草子』 清少納言、随筆「春はあけぼの」
『源氏物語』 紫式部、世界最古の長編小説
『土佐日記』 紀貫之、初のかな日記
平等院鳳凰堂 藤原頼通、1052年建立
寝殿造 貴族の邸宅様式
深掘り (背景・影響)
国風文化の最大の特徴は、仮名文字(ひらがな・カタカナ)の発達と普及です。それまでの漢字(万葉仮名)は学習に時間がかかり、男性貴族の専有物でしたが、仮名文字は学びやすく、特に女性たちが自由に表現できるようになりました。
・ひらがな: 漢字を草書体にしてさらに崩した文字
・カタカナ: 漢字の一部を取って作った文字、僧侶の経典学習で使用
この仮名文字の発達により、女性作家が華々しく活躍しました。
紫式部(むらさきしきぶ)の『源氏物語』は、光源氏という主人公の生涯と恋愛を描いた長編小説で、全54帖。心理描写・自然描写・人物造形のすべてにおいて世界文学史上の最高峰の一つとされ、世界20以上の言語に翻訳されています。
清少納言(せいしょうなごん)の『枕草子』は、宮中の見聞・季節の美しさを綴った随筆。「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは…」の冒頭は有名です。
2人とも一条天皇の后に仕える女房(にょうぼう、女官)で、紫式部は中宮彰子(藤原道長の娘)、清少納言は皇后定子(藤原道隆の娘)に仕えていました。両者は藤原氏の権力争いの中で、それぞれ違う后のもとで対立する形になっていました。
平等院鳳凰堂(京都府宇治市)は、藤原頼通が1052年(末法元年の翌年)に建立した阿弥陀堂で、現世に極楽浄土を再現したものです。10円玉のデザインにも採用されており、国宝・世界遺産。
寝殿造は貴族の邸宅様式で、中央に主殿(寝殿)、左右に対屋(たいのや)を配し、池や庭を望む開放的な作り。畳はまだ部分敷きで、襖(ふすま)の代わりに几帳(きちょう)で空間を区切りました。
- 国風文化 = 平安中期、日本独自の文化
- 背景: 894年遣唐使廃止 → 中国文化の消化
- 仮名文字(ひらがな・カタカナ)の発達
- 女性作家の活躍: 紫式部・清少納言
- 『源氏物語』= 紫式部、世界最古の長編小説
- 『枕草子』= 清少納言、随筆
- 『古今和歌集』= 905年、紀貫之ら、初の勅撰
- 平等院鳳凰堂 = 1052年、藤原頼通、極楽浄土
注意点 (混同しやすい)
① 紫式部=『源氏物語』、清少納言=『枕草子』を絶対に混同しない。② 紫式部は中宮彰子(藤原道長の娘)、清少納言は皇后定子(藤原道隆の娘)に仕えた。違う后。③ 『古今和歌集』は905年、紀貫之ら撰。「初の勅撰和歌集」。④ 『万葉集』(奈良時代)と『古今和歌集』(平安時代)を混同しない。⑤ 平等院鳳凰堂は藤原頼通(道長の子)が建立。1052年。⑥ 遣唐使廃止(894年)は菅原道真の建言。これが国風文化発展の契機となった。
練習
- 『源氏物語』『枕草子』の作者を答えよ。
- 遣唐使を廃止した年と、廃止を建言した人物を答えよ。
- 藤原頼通が1052年に建立した、極楽浄土を表現した建築物の名前を答えよ。