日本 / 江戸時代 5 / 6

化政文化と開国

化政文化と開国

11代将軍徳川家斉の文化・文政期(1804-1830)に栄えた化政文化。同時に、世界では産業革命と帝国主義の波が押し寄せ、ついにペリー来航で日本は開国を迫られます。

基本知識

化政文化(19世紀初頭、江戸が中心):
文学:
十返舎一九:『東海道中膝栗毛』(滑稽本)
滝沢馬琴:『南総里見八犬伝』(読本、勧善懲悪)
式亭三馬:『浮世風呂』『浮世床』(滑稽本)
為永春水:『春色梅児誉美』(人情本)
小林一茶:俳諧、「やせ蛙負けるな一茶これにあり」
与謝蕪村(化政より少し前):俳諧、絵画も
浮世絵:
喜多川歌麿:美人画、『ポッピンを吹く女
東洲斎写楽:役者絵(10ヶ月で消えた謎の絵師)
葛飾北斎:風景画、『富嶽三十六景』(神奈川沖浪裏)
歌川広重(安藤広重):風景画、『東海道五十三次
蘭学・学問:
杉田玄白・前野良沢ら:『解体新書』(1774、オランダ語の解剖書を翻訳)
本居宣長:国学、『古事記伝
伊能忠敬:1800年から日本全国測量、『大日本沿海輿地全図』(1821完成)
シーボルト:オランダ商館医、長崎の鳴滝塾で蘭学を教える
緒方洪庵:大坂で適塾を開く(福沢諭吉らを育成)
開国へ:
1792年:ロシアのラクスマンが根室来航、漂流民大黒屋光太夫を送還し通商を要求
1804年:ロシアのレザノフが長崎来航
1808年:イギリス軍艦フェートン号が長崎に侵入
1825年:異国船打払令(無二念打払令)
1837年:モリソン号事件(漂流民送還に来たアメリカ商船を打払う)、渡辺崋山・高野長英が幕府批判→蛮社の獄(1839)で処罰
1840-1842年:アヘン戦争(清がイギリスに敗北)
1842年:薪水給与令(打払令を緩和)
1853年:アメリカのペリーが浦賀に来航、開国を要求
1854年:日米和親条約(下田・函館を開港)、神奈川にて
1858年:日米修好通商条約(大老井伊直弼が無勅許で調印、不平等条約)。横浜・長崎・函館・神戸・新潟を開港
1860年:桜田門外の変、大老井伊直弼が水戸浪士に暗殺される

📘 開国までの年表
1825年 異国船打払令
1840-1842年 アヘン戦争(清の敗北)
1842年 薪水給与令(打払令の緩和)
1853年 ペリー来航(浦賀)
1854年 日米和親条約(下田・函館開港)
1858年 日米修好通商条約(井伊直弼)
1860年 桜田門外の変(井伊直弼暗殺)

深掘り (背景・影響)

化政文化の特徴は「江戸を中心とする町人文化の成熟」です。元禄文化が上方(京都・大坂)中心だったのに対し、化政文化は江戸を中心に、しかも全国に広まりました。これは交通網(五街道、河川舟運)と出版業の発達によります。
葛飾北斎の『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏は、ゴッホ・モネら印象派の画家にも影響を与え、ジャポニスムとして欧米で評価されました。北斎は90歳近くまで活躍した稀有な絵師です。
開国は世界史的な必然でした。19世紀のヨーロッパ列強は、産業革命で工業生産が拡大、市場と原料を求めてアジア進出を加速。アヘン戦争(1840-1842)で清が屈服したことは日本にも衝撃を与え、異国船打払令を続けることが現実的に難しくなりました。
ペリーは1853年に4隻の黒船で浦賀来航、1854年に再来航して日米和親条約を強要。続く日米修好通商条約(1858)は、領事裁判権(治外法権)を認め、関税自主権を放棄するなど典型的な不平等条約で、後の明治維新政府の最大の外交課題となります。
井伊直弼は1858年に大老となり、安政の大獄(吉田松陰・橋本左内ら処刑)で反対派を弾圧しましたが、1860年桜田門外の変で水戸浪士に暗殺されました。これにより幕府の権威は失墜し、尊王攘夷運動が激化、明治維新へと向かいます。

💡 ポイント
  • 化政文化=11代家斉、19世紀初頭、江戸中心
  • 葛飾北斎=『富嶽三十六景』、歌川広重=『東海道五十三次』
  • 滝沢馬琴=『南総里見八犬伝』、十返舎一九=『東海道中膝栗毛』
  • 1774年=『解体新書』、杉田玄白・前野良沢
  • 伊能忠敬=『大日本沿海輿地全図』(1821)
  • 1853年=ペリー来航(浦賀、黒船4隻)
  • 1854年=日米和親条約(下田・函館)
  • 1858年=日米修好通商条約、井伊直弼、不平等条約
  • 1860年=桜田門外の変、井伊直弼暗殺

注意点 (混同しやすい)

元禄文化(上方)化政文化(江戸)を地域・時期で区別。元禄=17世紀末-18世紀初、化政=19世紀初頭。
葛飾北斎(『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏)と歌川広重(『東海道五十三次』)を区別。両方とも風景画の巨匠。
日米和親条約(1854)=開港のみ(下田・函館)、日米修好通商条約(1858)=貿易+不平等(治外法権・関税自主権なし)。両者を絶対に区別。
シーボルト(オランダ商館医、鳴滝塾)と緒方洪庵(適塾)と緒方の弟子・福沢諭吉(慶應義塾)の関係を整理。

練習

  1. 化政文化を代表する浮世絵師で、『富嶽三十六景』を描いた人物の名前を答えよ。
  2. 1853年に浦賀に来航し、日本に開国を迫ったアメリカ人提督の名前を答えよ。
  3. 1858年の日米修好通商条約が「不平等条約」と呼ばれる理由を二つ挙げて簡潔に答えよ。
🔒

このレッスンはログインが必要です

レッスン3以降を学習するにはアカウントが必要です。
無料で登録できます。

無料でアカウントを作る ログイン

このレッスンのQ&A

読み込み中...