平成の国際情勢と日本の役割
冷戦終結後、グローバル化が進展する一方でテロ・地域紛争・新興国の台頭など新たな課題が生まれ、日本もその中で立ち位置を問われ続けました。
基本知識
1991年にソ連崩壊、冷戦が終結。1993年にEU(ヨーロッパ連合)がマーストリヒト条約で発足、1999年に共通通貨ユーロ導入。2001年9月11日にアメリカ同時多発テロ(9.11)が発生、約3,000名が犠牲。米国はテロとの戦いを開始し、アフガニスタン戦争(2001)・イラク戦争(2003、フセイン政権崩壊)を行いました。日本はテロ対策特別措置法(2001)・イラク復興支援特別措置法(2003)で自衛隊を派遣。2002年には小泉純一郎首相が訪朝し、金正日総書記と日朝首脳会談を実施、拉致問題を北朝鮮が初めて認め5名の被害者が帰国しました。
1991年 湾岸戦争、ソ連崩壊
1993年 EU発足、オスロ合意(イスラエル・PLO)
1997年 アジア通貨危機、京都議定書(COP3)
2001年 9.11同時多発テロ、アフガン戦争
2003年 イラク戦争
2008年 リーマン・ショック、北京五輪
2010年 中国GDP世界第2位(日本第3位へ)
2015年 パリ協定(COP21)、平和安全法制
2016年 英国EU離脱国民投票、トランプ大統領当選
深掘り (背景・影響)
環境問題では1997年の京都議定書(COP3、京都で採択)で先進国の温室効果ガス削減義務が決まりましたが、米国が離脱(2001)、中国・インドは対象外と限界もありました。2015年にはパリ協定(COP21)が全締約国参加で採択され、産業革命前比+2℃未満(できれば1.5℃)を目標としています。日本は2016年に平和安全法制(集団的自衛権の限定的行使容認)を制定し、安全保障政策の大転換を行いました。2018-19年には米中貿易摩擦が激化、保護主義的傾向が強まります。グローバル化と反グローバル化の対立が世界の課題となりました。
- ソ連崩壊=1991年、冷戦終結
- EU発足=1993年マーストリヒト条約、ユーロ=1999年
- 9.11同時多発テロ=2001年9月11日
- 京都議定書=1997年COP3(先進国のみ)
- パリ協定=2015年COP21(全締約国参加)
- 日朝首脳会談=2002年小泉訪朝、拉致被害者5名帰国
- 平和安全法制=2016年、集団的自衛権の限定行使
注意点 (混同しやすい)
① 湾岸戦争(1991・対イラク・クウェート侵攻)とイラク戦争(2003・大量破壊兵器疑惑)は別の戦争。② 京都議定書(1997・先進国のみ)とパリ協定(2015・全締約国)の違い。③ EU発足(1993・マーストリヒト)とユーロ導入(1999)は別の年。④ 拉致問題:1970-80年代に北朝鮮工作員が日本人を拉致、政府認定17名のうち5名が2002年帰国、横田めぐみさんら未帰国者問題が続く。
練習
- 2001年9月11日にアメリカで発生した出来事は。
- 1997年にCOP3で採択された温暖化対策の議定書名は。
- 2002年に日朝首脳会談を実現した日本の首相は。