中国周辺 / 宋・元・明の繁栄 5 / 6

明の社会と東アジア

明の社会と東アジア

明の後半期(15〜17世紀)は北方の遊牧民族(北虜)と東南沿岸の倭寇(南倭)に悩まされながらも、陽明学の隆盛や商品経済の発展という活力を持つ時代でした。

北虜南倭

明は「海禁政策」を維持したため、密貿易業者と海賊が合体した倭寇(主に中国人・日本人の混成集団)が東シナ海を荒らしました。北方ではモンゴルのオイラトタタールが侵入し、北京を包囲する事態(土木の変・1449年)も起きました。

  • 北虜:北方モンゴル系遊牧民族の侵入
  • 南倭:東南沿岸の倭寇による被害
  • 万里の長城の大規模改修:現在見られる煉瓦造りの長城はこの時期のもの
📘 陽明学と明代の文化
王陽明(王守仁・1472〜1528年)が朱子学を批判し陽明学を創始。「心即理」(心こそが理である)「知行合一」(知ることと行うことは一体)を主張
・陽明学は実践的な道徳哲学として日本の武士層にも大きな影響を与えた(近世日本の武士道・明治維新思想へ)
・明代の技術書:宋応星の「天工開物」(1637年)が農業・工業技術を図解で記録
・小説文化の発展:「三国志演義」「西遊記」「水滸伝」など白話小説が成立

宋・元・明の東アジアへの影響

宋代の朱子学・三大発明、元代の東西交流、明代の朝貢体制と陽明学は、いずれも東アジア(日本・朝鮮・ベトナム)の政治・文化・思想に深く浸透しました。17世紀初頭には女真族(清)が明を脅かし始め、1644年に明は滅亡します。

練習

  1. 王陽明が唱えた「知と行は一体である」という考えを何というか。
  2. 明代の代表的な白話小説を2つ答えよ。
  3. 「北虜南倭」とはそれぞれ何を指すか説明せよ。
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