Language / 言語
← 研究ノート一覧に戻る

なぜ日本は税収が多いのに市民に還元できていないのか

先日、ふとしたタイミングで「日本の税収が過去最高」というニュース見出しを目にした。2024年度の国の税収は約74兆円に達したと報じられていて、過去最高水準を更新し続けているらしい。なのに自分の周りでは「税金が高い」「社会保険料が重い」「老後が不安」という声が絶えない。じゃあ、その74兆円はどこに行っているんだろう? 素直にそう思って、ちょっと調べてみることにした。

そもそも「税収過去最高」は本当か

まず数字の確認から。財務省のデータによると、日本の国税収入は2022年度に71兆円超を記録して以降、高水準が続いている。これは法人税の増収、所得税の増収(賃上げの影響もある)、消費税収入の安定的な積み上がりなどが重なった結果だ。税収だけ見ると、確かに「過去最高」という表現は間違っていない。

ただし、税収と歳出の差は依然として大きい。2024年度の一般会計歳出は約112兆円規模で、歳入との差分は国債で賄われている。つまり、税収が74兆円あっても、支出は110兆円を超えている。収入は増えているが、支出はさらに増えているという状況だ。「税収が増えているのに生活が楽にならない」という感覚の一因は、ここにある。

日本の財政状況
税収は過去最高水準でも、歳出は税収をさらに上回り続けている。その差は国債で埋められている

これを「借金大国」と呼ぶ見方もあれば、「自国通貨建ての債務だから問題ない」という見方もあって、経済学者の間でも見解が分かれている話なので、ここでは「構造的に支出が税収を上回っている」という事実だけを確認しておきたい。

国民負担率の国際比較をしてみると

「日本は税金が高い」という感覚は正しいのか、数字で確認してみる。OECDのデータによると、国民負担率(租税負担率+社会保険料負担率)を国際比較すると、日本は約47〜48%前後(2023年度)。これはフランス(約68%)やスウェーデン(約57%)といった高福祉国家より低く、アメリカ(約33%)より高い、いわば中間帯に位置している。

「税金が高い」という感覚が正確に言うと何を指しているかというと、支払っている負担に対して受け取っているサービスの実感が薄いということではないかと思う。フランスやスウェーデンは負担率は高いけれど、医療が実質無償に近く、教育費の自己負担が非常に少なく、育児支援も手厚い。負担率が高くても「使える」という感覚がある。

日本は大学の授業料は先進国の中でも高い部類に入り(年間約54万円の標準額)、医療の窓口負担もあり、保育の費用負担もそれなりにある。国民負担率がフランスより低いのに「高い」と感じるのは、「払っているわりに受け取っているものが少ない」という感覚を反映しているのかもしれない。

社会保障費の急増がお金を飲み込んでいる

日本の歳出の中で最も大きいのが社会保障関係費で、2024年度の一般会計では約37兆円を超えている。国の歳出全体の3割以上を占める規模だ。そしてこの金額は、毎年確実に増え続けている。

理由は明確で、日本は世界で最も急速に高齢化が進んでいる国の一つだからだ。2023年時点で65歳以上の人口比率は約29%で、この割合は今後も増え続ける。高齢者が増えるほど、医療費・介護費・年金給付は自動的に膨らむ。この「自動膨張」を止める政策的な手段を講じなければ、税収が増えても増えた分がそのまま社会保障費に消えていく、という構造になっている。

社会保障と高齢化
高齢化に伴う社会保障費の増加は、歳出増の最大の要因になっている

社会保障の受益者が主に高齢者で、負担者が主に現役世代という構造も、「自分が払っているのに使えている実感がない」という現役世代の不満につながりやすい。年金の積立不足や将来の給付水準への不安も合わさって、「納めているのに受け取れないかもしれない」という感覚が広がっている気がする。

国債の利払い費という「見えにくいコスト」

もう一つ、歳出を圧迫している大きな要因が国債の利払い費だ。日本の国債残高は1,000兆円を超えており、長年の低金利政策のもとで利払い費は抑制されてきた。しかし日銀が金融緩和政策の正常化を進める中で、金利が上昇すると利払い費は急増するリスクがある。

2024年度の利払い費はすでに約9兆円規模に達しており、これは文教予算(約5兆円)や防衛費(約7〜8兆円)と比較しても巨大な数字だ。教育や防衛にかけるお金より多くのお金が、過去に積み上げた借金の利子に消えているという状況だ。この金額は現役の国民が何か受け取るものに変換されるわけではないので、「消えているお金」として感じやすい部分だと思う。

地方交付税の偏りと特別会計の不透明さ

「お金の使われ方が見えない」という感覚のもう一因として、地方交付税と特別会計の複雑さがある気がしている。

地方交付税は、税収が少ない地方自治体に国が補填する仕組みで、財政力の地域格差を調整する役割がある。この仕組み自体は合理的なんだけど、都市部の住民から見ると「自分たちが払った税金が地方に流れている」という感覚になりやすい。地域間の再分配は社会のインフラ維持に必要な機能だけど、その「見える化」があまりされていない印象がある。

特別会計は、年金や労働保険、道路整備など特定の目的に紐づいた会計で、一般会計とは別に管理されている。その規模は一般会計より大きく、複数の特別会計を合算するとかなりの金額になる。ただし、その使途の詳細は一般の人には追いにくく、「複雑でわかりにくい」という構造が、行政への不信感につながることもある気がする。

北欧モデルと何が違うのか

フィンランドやスウェーデンは、国民負担率が日本より高いにもかかわらず、「税金の使われ方への満足度」が相対的に高いとよく言われる。何が違うんだろうと調べてみると、いくつかのポイントが見えてきた。

一つは、社会保障の受益が「今の若い世代」にも届いていること。北欧では高等教育が無償(または低コスト)で、育児支援が充実していて、医療の自己負担が低い。現役世代が直接恩恵を感じられるサービスに税金が使われているという実感が、負担受容につながっているのかもしれない。

二つ目は、行政の透明性の高さ。フィンランドの「公的情報の完全公開原則」は有名で、政府の財政情報、個人の納税情報、公務員の給与まで原則開示される文化がある。「何に使われているかわかる」という透明性が、信頼の土台になっているという指摘がある。

税と社会のイメージ
北欧諸国では高い国民負担率でも還元の実感が高い。透明性と受益の届き方に違いがある

日本の場合、高等教育の授業料は保護者・学生の負担が大きく、保育所の待機児童問題は完全には解消されておらず、医療の窓口負担もある。現役世代が「直接使える」サービスへの配分が、北欧と比べると薄いという構造的な差があるように見える。

「使い方の見える化」と「中間層の感覚」の乖離

中間層の感覚として「税金・社会保険料を取られすぎている」という印象が根強いのは、受給よりも拠出の方が実感しやすいという心理的な非対称性もあると思う。給与明細で毎月引かれる所得税・住民税・社会保険料は数字として目に見える。一方で、それに対応する「受け取っているもの」――道路、公教育、医療費の7割負担など――は意識しにくい。

「税金を払っているのに還元されない」という感覚の一部は、受け取っているサービスが可視化されていないことから来ている面もある気がする。年間で自分がどれだけの医療補助、公共インフラ、教育補助を受けているかを計算してみると、案外「受け取っている」部分もある、という場合もあるかもしれない。

もちろんそれで「今の財政が最適だ」という結論にはならなくて、再分配の優先順位の問題は別途ある。高齢者向けに偏っている給付の構造を見直し、現役世代や子育て世代が直接恩恵を感じられる支出を増やすことが、「還元感」を高める方向としては合理的な選択肢だと思う。

結局、どうすれば「還元されている」と感じられるのか

調べて考えた末に自分なりに思ったのは、二つのことが必要なんじゃないかということだ。

一つは再分配の優先順位の見直し。社会保障費が高齢化に連動して自動的に増え続ける現状を、ある程度制御しながら、現役世代や子世代が使えるサービス(保育・教育・就労支援など)への配分を増やしていく方向性。これは政策的な選択の問題で、特定の政党の話ではなく、どの世代にどれだけ配分するかという構造設計の話だ。

もう一つは行政の見える化。税金がどこに使われているかを国民が追えるようにすること。特別会計の複雑さを解消し、予算の使途を市民が理解できる形で開示していくこと。「わからない」から不信感が生まれる部分は少なくないと思うので、透明性を高めることには独自の価値がある。

「税収が多い=生活が豊か」にならない構造には、高齢化・過去の借金・再分配の設計・透明性の欠如など複数の要因が絡み合っている。一つの原因に帰結させるのは難しいけど、こういう構造を知っておくことで、ニュースの見方や制度への関わり方が少し変わるかもしれないな、と感じている。自分がどんな社会に税金を払いたいか、そういう問いを持つことから始めるしかないのかな、とも思う。

この記事を AI に教えてみる

読んだ内容を自分の言葉で説明してみよう。
AI 生徒が3サイクル質問してきます。説明できるなら本当に理解できている証拠。

この記事をサポートする

この記事が役に立ったら、サポートをお願いします! しなくてもいいけど

サポート(350円〜)

コメント

まだコメントはありません。

コメントを投稿する