「がんになったら終わり」みたいなイメージ、自分は子どものころから何となく持っていた。実際、身近な人がかかったとき、「治るの?」って聞けずにいた記憶がある。でも最近、生物や医療の話に興味を持って調べてみると、「なぜがんはこんなに手ごわいのか」という問いに対してものすごく深い理由があって、それを知るだけでがんへの見え方がかなり変わった。今回はその「やっかいさの正体」を、できるだけわかりやすくまとめてみたいと思う。
がんは「外敵」ではなく「自分自身」だという根本的な問題
まずここが、がんをほかの感染症と根本的に違うものにしている出発点だと思う。インフルエンザや結核は、ウイルスや細菌という「外から来た異物」が体に入り込む病気だから、免疫システムが「こいつは敵だ」と認識して攻撃することができる。ワクチンも、「この形の敵が来たら倒せるように」事前に訓練する仕組みだ。
ところががん細胞はもともと自分の細胞だ。遺伝子の変異で暴走してしまった「元は普通の自分の細胞」なので、免疫システムが「自己か非自己か」を判断するときに、がん細胞は「自己」に近い顔をしていることが多い。免疫が見逃してしまう、あるいは攻撃を抑制してしまう。これが、がんが免疫をすり抜けやすい最も根本的な理由だ。
さらに巧妙なのが、がん細胞が免疫細胞(T細胞)に対して「私を攻撃しないで」というシグナルを送る仕組みを持っていること。PD-L1というタンパク質を表面に出して、T細胞の攻撃スイッチ(PD-1)をオフにしてしまう。自分から攻撃をかわしにいくわけで、調べてみたときは「そこまでやるのか」と思った。
がんは「一種類の病気」ではなく、無数の顔を持つ
次に「なぜ一発で全部殺しきれないのか」という問いへの答えが、遺伝子変異の多様性(heterogeneity)という概念だ。これを知ったときが、個人的にいちばん「なるほど」と思った瞬間だった。
がんは一つの細胞が変異して始まるが、その細胞が分裂を繰り返すたびにさらに変異が蓄積していく。結果として、同じ患者さんの腫瘍の中にも、遺伝子的に微妙に異なる細胞が何種類も混在している。これを腫瘍内異質性と呼ぶ。
ここが問題で、抗がん剤はある特定の分子的な「的(ターゲット)」を攻撃するように設計されている。腫瘍内の9割の細胞にはその的があっても、1割にはない、という状況が起きる。薬が9割を殺しても、残った1割は薬への耐性を持っていることが多くて、そこから再び増殖してしまう。これが「効いていたはずの抗がん剤が段々効かなくなっていく」という再発・耐性化の本質的なメカニズムだと思う。
進化生物学的に見ると、薬が「自然選択」の圧力になってしまって、耐性のある細胞だけが生き残る、という構図になっている。これは細菌が抗生物質に耐性を持つのとまったく同じ仕組みで、生物の適応の速さに人間の薬が追いつくことの難しさをあらためて感じる。
手術で取り切れても再発する、「微小転移」という壁
がんの治療でよく「手術で全部取りました」という話を聞く。でも、それから数年後に別の場所に再発する、というケースが後を絶たないのはなぜか。その答えが微小転移(micrometastasis)だ。
がん細胞は原発巣(最初に発生した場所)から、血流やリンパ液に乗って体の各部位に流れ出す。ごく少数の細胞が別の臓器に着床して、そこで増殖の機会をうかがっている状態を「微小転移」という。現在の画像診断(CTやPETスキャン)では、腫瘍が数ミリ以下のサイズでは検出できないことが多い。
つまり、画像上で「きれいに取れた」「影がない」という状態でも、目に見えない規模の転移細胞が残っている可能性が完全には排除できない。これが術後の再発の主な理由で、手術後に補助化学療法(アジュバント療法)が行われるのも、そのような潜在的な微小転移を叩くためだ。実際、大腸がんのステージIIIでは術後の補助化学療法によって再発率が約20〜25%下がるというデータがある。
「がん幹細胞」という最後の砦
もう一つ、近年研究が進んでいる概念ががん幹細胞(Cancer Stem Cells, CSC)だ。「幹細胞」というのはもともと自己複製能力と分化能力を持つ特殊な細胞で、造血幹細胞(血液のもとになる細胞)が有名だが、がんの中にも似たような特性を持つ細胞が存在する、という説だ。
通常の抗がん剤は「増殖している細胞を壊す」ように設計されていることが多い。ところがCSCは自己複製サイクルが遅く、休眠状態に入ることがある。休眠中の細胞には、増殖中を標的にした薬が効きにくい。腫瘍が縮小しても、CSCが生き残って、治療が終わった後に再び腫瘍を再構築する、というシナリオが起こりうる。
CSCを直接狙う治療法の開発は2026年現在でも進行中で、Notchシグナル阻害剤やWnt経路を標的とした薬剤の臨床試験が複数進められている。まだ標準治療に組み込まれたものは多くないが、「幹細胞を狙う」という発想は今後の治療の大きな方向性の一つだと思う。
「5年生存率」と「完治」は別の話
がんの治療成績を語るときによく使われる「5年生存率」という指標について、少し補足しておきたいと思う。これ、自分もずっと「5年生きられる確率」くらいにしか思っていなかったんだけど、もう少し正確に理解しておく価値がある言葉だと思う。
5年生存率とは「がんと診断されてから5年後に生存している割合」のことで、必ずしも完治を意味するわけではない。5年後に再発のリスクがないかどうかとは別の話だし、がんの種類によっては5年を過ぎてから再発するケースもある(乳がんのホルモン受容体陽性タイプは10年後の再発リスクが無視できないと言われている)。
一方で「5年再発なし」のケースを「臨床的寛解」あるいは実用的に「完治に近い状態」と表現することもある。早期発見の胃がんや大腸がんでは5年生存率が90%を超えるものもあって、ステージによって全く違う話になる。「がん=完治しない」ではなく、「種類とステージによって話が大きく変わる」というのが正確な理解だと思う。
最新治療の話――免疫チェックポイント阻害剤、CAR-T、mRNAワクチン
ここまで「がんがなぜ難しいか」の話をしてきたけど、最近の治療の進歩はかなり目覚ましくて、そこも正直に伝えたいと思う。
まず免疫チェックポイント阻害剤。先ほど出てきた「PD-L1でT細胞の攻撃をオフにする」というがん細胞の策略を、薬で無効化するアプローチだ。オプジーボ(ニボルマブ)やキイトルーダ(ペムブロリズマブ)がその代表で、一部のがん(特に悪性黒色腫、肺がん)で劇的な効果を示すケースが出てきた。2018年にこの概念を発見した本庶佑先生がノーベル生理学・医学賞を受賞したことは記憶に新しい。ただし全員に効くわけではなく、奏効率は腫瘍の種類によって大きく異なる。
次にCAR-T細胞療法。患者自身のT細胞を採取して、遺伝子操作でがん細胞を特異的に認識できるよう改造してから体内に戻す治療法だ。一部の血液がん(B細胞性リンパ腫、急性リンパ性白血病)では他の方法で治らなかったケースでも完全寛解(がんが消える)が得られた例が報告されている。治療費が一回で数千万円になることもあり、普及の面ではまだ課題が多い。固形がんへの応用も研究されているが、腫瘍の中に薬が届きにくいという別の壁もあって、現在進行中のテーマだ。
そしてmRNAがんワクチン。コロナワクチンで一般にも知られたmRNA技術を、がんに応用しようという試みで、BioNTechとモデルナが先行している。患者個人のがん細胞の遺伝子変異を解析して、その患者専用のワクチンを作り、免疫系にがん細胞を攻撃させるよう訓練する。2024〜2025年の臨床試験(特にメラノーマ)で有望な結果が出ており、2026年現在も複数のがん種で第3相試験が進んでいる。「個別化医療」という方向性の最前線の一つだと思う。
早期発見と生活習慣――結局ここに行き着く
最新治療の話をした後で言うのもなんだけど、「早期発見に勝る治療なし」という言葉は今でも本質をついていると思う。
国立がん研究センターのデータによると、大腸がんのステージIの5年相対生存率は約98%、ステージIVでは約17%というデータがある(2016〜2018年追跡データ)。同じ病気でも、発見の時期でここまで違いが出る。これを見ると、検診の意義が抽象的な話じゃなくなってくる気がする。
生活習慣とがんの関連については、喫煙が最もエビデンスの強いリスク因子で、肺がんだけでなく食道・膀胱・膵臓など複数のがんのリスクを高める。アルコール、肥満、運動不足もリスク因子として研究で支持されている。逆に、野菜・果物の摂取や定期的な運動はリスクを下げることが示されているケースが多い。「がんは運」という側面もゼロではないが、「生活習慣で変えられる部分もある」というのが現在の医学的な理解だと思う。
調べていくうちに、「なぜがんは完治しにくいのか」という問いへの答えが一言ではなく、複数の重なった理由からできていることがわかった。自己の細胞だから免疫が攻撃しにくい、遺伝子の多様性で薬が効きにくくなる、微小転移が残る、がん幹細胞が生き残る。どれも「そりゃ難しいな」と思う理由ばかりだった。
でも同時に、免疫チェックポイント阻害剤が一部のがんを劇的に変えていること、個別化ワクチンという新しい考え方が育ってきていること、早期発見で生存率が大幅に変わる事実があること、これらも同じくらいリアルな話だと思う。「がんは難しい病気だ」という認識と「でも確実に前進している」という認識を、両方持っておくことが大事なんじゃないかな、と今は感じている。身近な人に何かあったとき、あるいは自分が関係者になったとき、今回調べたことが少しでも役に立てばいいなと思う。
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