天平文化と正倉院
奈良時代の聖武天皇の時代に栄えた天平文化は、仏教と国際性を特徴とする華やかな文化です。シルクロードを通じて伝わった宝物が正倉院に残されています。
基本知識
天平文化(てんぴょうぶんか)は、奈良時代、特に聖武天皇の天平年間(729〜749年)を中心に栄えた文化です。
天平文化の特徴:
・仏教文化が中心(鎮護国家思想に基づく)
・国際性が豊か(唐・西域・インド・ペルシャの影響)
・貴族と僧侶を中心とした文化
主な建築・美術:
・東大寺: 大仏殿・正倉院・法華堂など
・唐招提寺: 鑑真が建立、金堂
・薬師寺東塔: 三重塔(裳階付きで六重に見える)
・興福寺阿修羅像: 三面六臂の少年像、天平彫刻の代表
・東大寺大仏: 盧舎那仏
主な文学・歴史書:
・『古事記』(712年): 太安万侶(おおのやすまろ)編纂、稗田阿礼が口承
・『日本書紀』(720年): 舎人親王ら編纂、漢文体
・『万葉集』: 大伴家持らが編纂、約4,500首の和歌集
・『風土記』: 各国の地理・産物・伝説をまとめた書
東大寺大仏殿 世界最大級の木造建築(再建だが規模は天平期を継承)
正倉院 東大寺、校倉造の宝庫、聖武天皇の遺品
唐招提寺 鑑真建立、金堂・鑑真和上像
興福寺阿修羅像 三面六臂、少年のような表情、国宝
『古事記』 712年、神話から推古天皇まで
『日本書紀』 720年、漢文体の正史
『万葉集』 8世紀後半完成、約4,500首
深掘り (背景・影響)
正倉院(しょうそういん)は、東大寺の倉庫で、校倉造(あぜくらづくり)と呼ばれる独特の建築様式です。三角形の木材を交互に組んで壁を作り、湿度を自然に調節する優れた構造です。
正倉院には、聖武天皇の遺品をはじめとする約9,000点の宝物が収められています。特筆すべきは、その多くがシルクロードを通じて伝わった国際色豊かな品々であることです:
・螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんごげんびわ): 五弦の琵琶、世界に唯一現存
・ペルシャ風のガラス器: 西アジア起源
・白瑠璃碗(はくるりのわん): ササン朝ペルシャ製のガラス碗
・漆胡瓶(しっこへい): 唐の水差し、ペルシャ風
これらは「シルクロードの東の終着点」が日本であったことを物語っています。
『万葉集』は、天皇から庶民まで様々な人の和歌約4,500首を集めた歌集です。大伴家持(おおとものやかもち)が中心となって編纂したとされます。特徴は、「万葉仮名(まんようがな)」と呼ばれる漢字の音を借りた表記法を使ったこと。例えば「夜麻(やま)」=山。これは後の平仮名・片仮名の起源となります。
東北地方の農民が詠んだ「東歌(あずまうた)」や、防人が家族との別れを詠んだ「防人歌(さきもりうた)」も収録されており、当時の民衆の生活が今に伝わっています。
奈良時代の終わり、753年に鑑真(がんじん)が中国から来日しました。彼は5回の渡航失敗と失明という困難を乗り越え、ようやく6度目で日本に到着し、戒律(僧侶の規範)を伝え、唐招提寺を建立しました。
- 天平文化 = 聖武天皇期、仏教+国際性
- 正倉院 = 東大寺、校倉造、シルクロードの宝物
- 『古事記』(712年)= 太安万侶、稗田阿礼の口承
- 『日本書紀』(720年)= 舎人親王ら、漢文の正史
- 『万葉集』= 大伴家持編、約4,500首、万葉仮名
- 東歌・防人歌 = 民衆の生活を伝える
- 鑑真 = 中国から来日、唐招提寺建立、戒律を伝える
- 興福寺阿修羅像 = 天平彫刻の代表、三面六臂
注意点 (混同しやすい)
① 『古事記』(712年)と『日本書紀』(720年)の年を覚える。古事記が先。② 『古事記』は太安万侶編纂、稗田阿礼が暗唱。混同しない。③ 『万葉集』は奈良時代末、大伴家持中心。④ 正倉院の建築様式は校倉造。「あぜくらづくり」と読む。⑤ 鑑真は中国(唐)の僧。日本人ではない。彼が建てたのは唐招提寺。⑥ 「天平」は聖武天皇の元号の一つ(729〜749年)。「奈良時代の文化」全体を指す広義もある。
練習
- 『古事記』『日本書紀』の編纂年と編纂者を答えよ。
- 東大寺の倉庫で校倉造の宝庫の名前を答えよ。
- 『万葉集』の特徴を、収録される歌の種類と表記法から説明せよ。