元禄文化と享保の改革
5代将軍徳川綱吉の時代を中心に、上方(京都・大坂)で元禄文化が花開きます。続く享保の改革(8代吉宗)は、江戸三大改革の最初です。
基本知識
5代徳川綱吉(在位1680-1709):
・文治政治(武断政治からの転換)、湯島聖堂(孔子廟)を建立
・生類憐みの令(1685-、犬・牛・馬などの保護、特に犬。「犬公方」と呼ばれる)
・財政悪化に対応し、勘定吟味役荻原重秀が貨幣改鋳(質を落として量を増やす)
6代徳川家宣・7代徳川家継:
・侍講新井白石による「正徳の治」
・貨幣を改鋳前の品位に戻す(正徳金銀)、長崎貿易の制限(海舶互市新例、1715)
元禄文化(17世紀末-18世紀初、上方が中心):
・井原西鶴:浮世草子『日本永代蔵』『世間胸算用』『好色一代男』
・松尾芭蕉:俳諧、『奥の細道』。「閑さや岩にしみ入る蝉の声」
・近松門左衛門:人形浄瑠璃・歌舞伎の脚本、『曽根崎心中』『国性爺合戦』
・菱川師宣:浮世絵の祖、『見返り美人図』
・尾形光琳:琳派、『紅白梅図屛風』『燕子花図屛風』
・俵屋宗達:琳派の祖、『風神雷神図屛風』
・関孝和:和算の大成、『発微算法』
・宮崎安貞:『農業全書』(日本初の本格的農書)
8代徳川吉宗の享保の改革(1716-1745):
① 足高の制(1723) — 在職中だけ俸禄を増額、有能な人材登用を可能に
② 上米の制(あげまいのせい、1722-1731) — 大名に石高100石につき100石を上納させる代わりに参勤交代の在府期間を半減
③ 新田開発の奨励、定免法(じょうめんほう)(年貢を一定額に固定)
④ 目安箱(1721)— 庶民の意見を聞く投書箱、小石川養生所(無料医療施設)が実現
⑤ 公事方御定書(くじかたおさだめがき、1742) — 司法・行政の基本法
⑥ 洋書輸入制限の緩和(1720) — キリスト教関係以外の漢訳洋書の輸入を許可、後の蘭学の基盤
⑦ 御三卿(田安・一橋・清水)の設置
井原西鶴 浮世草子 — 『日本永代蔵』
松尾芭蕉 俳諧 — 『奥の細道』
近松門左衛門 人形浄瑠璃・歌舞伎脚本 — 『曽根崎心中』
菱川師宣 浮世絵 — 『見返り美人図』
尾形光琳 琳派 — 『紅白梅図屛風』
俵屋宗達 琳派の祖 — 『風神雷神図屛風』
深掘り (背景・影響)
元禄文化の本質は「町人文化の登場」です。それまで文化の担い手は貴族・武士・僧侶でしたが、元禄期には大坂・京都の町人(商人)が経済力を背景に文化の主役となりました。井原西鶴の浮世草子、近松門左衛門の人形浄瑠璃、菱川師宣の浮世絵、すべて町人の生活と感性を反映しています。
享保の改革は、家康の理想に立ち返ろうとした「復古的改革」でした。質素倹約、新田開発、年貢確保、有能な人材登用と、現実的な改革を進めて幕府財政を立て直しました。吉宗は「米将軍」とも呼ばれ、米価安定に苦心しました。
とくに目安箱から実現した小石川養生所は、世界初の公的無料医療施設の一つで、山本周五郎の小説『赤ひげ診療譚』(後の黒澤明監督『赤ひげ』)の舞台でもあります。
洋書輸入制限の緩和は、後の蘭学(らんがく)の発展につながり、杉田玄白・前野良沢『解体新書』(1774)などの蘭学が生まれる素地を作りました。
- 5代綱吉=生類憐みの令、文治政治、湯島聖堂
- 新井白石=正徳の治、貨幣改鋳・長崎貿易制限
- 元禄文化=上方(京都・大坂)中心、町人文化
- 井原西鶴=浮世草子、松尾芭蕉=俳諧
- 近松門左衛門=人形浄瑠璃、菱川師宣=浮世絵
- 8代吉宗=享保の改革(1716-1745)
- 足高の制・上米の制・目安箱・公事方御定書
- 洋書輸入制限緩和→蘭学の発展へ
注意点 (混同しやすい)
① 元禄文化(17世紀末-18世紀初、上方)と化政文化(19世紀初、江戸)を区別。元禄=町人初期、化政=町人成熟期。
② 享保の改革(吉宗)=江戸三大改革の最初。続いて寛政の改革(松平定信)、天保の改革(水野忠邦)。
③ 目安箱(吉宗の改革で設置)と、小石川養生所(目安箱の意見から実現した医療施設)はセットで覚える。
④ 近松門左衛門(脚本家)と、その作品を演じた竹本義太夫(義太夫節の創始者)はセット。
練習
- 元禄文化を代表する俳諧師で、『奥の細道』を著した人物の名前を答えよ。
- 江戸三大改革の最初である「享保の改革」を行った8代将軍の名前を答えよ。
- 享保の改革で庶民の意見を聞くために設置された投書箱の名前を答えよ。