ベトナムの歴史
ベトナム(越南)は中国の南に位置し、約1000年間にわたる中国支配を経験しながらも、独立への意志を持ち続け、独自の国家と文化を形成しました。
中国支配下の「交趾」時代
前111年、前漢の武帝がベトナム北部(交趾地方)を征服し、郡を設置して支配下に置きました。以後、唐が滅亡する10世紀まで約1000年間、ベトナム北部は中国王朝の直接支配下に置かれました。
- 前111年:前漢による支配開始(交趾・九真・日南の三郡設置)
- 39〜43年:徴姉妹(チュン姉妹)が後漢に対し独立蜂起→鎮圧されるも民族の英雄として今も崇敬
- 唐代:「安南都護府」が設置された支配の中心地
📘 ベトナムの独立と李朝・陳朝
939年、呉権(ゴ・クエン)が白藤江の戦いで南漢軍を破りベトナムが独立を回復。
・李朝(1009〜1225年):最初の安定した独立王朝。都:昇龍(現ハノイ)。仏教を保護。1075年に科挙を開始
・陳朝(1225〜1400年):元(モンゴル)の3度の侵攻(1258・1285・1288年)をいずれも撃退。民族的英雄トラン・フン・ダオ(陳興道)が活躍
・南方への拡大:チャンパ(チャム人の王国)を征服しながら南進(「南進」は以後ベトナム史の重要テーマ)
939年、呉権(ゴ・クエン)が白藤江の戦いで南漢軍を破りベトナムが独立を回復。
・李朝(1009〜1225年):最初の安定した独立王朝。都:昇龍(現ハノイ)。仏教を保護。1075年に科挙を開始
・陳朝(1225〜1400年):元(モンゴル)の3度の侵攻(1258・1285・1288年)をいずれも撃退。民族的英雄トラン・フン・ダオ(陳興道)が活躍
・南方への拡大:チャンパ(チャム人の王国)を征服しながら南進(「南進」は以後ベトナム史の重要テーマ)
ベトナム文化の特徴
ベトナムは中国文化(漢字・儒教・仏教・律令)を受容しながら、チュノム(字喃)という独自の文字を発達させました。またチャンパ(インド文化圏)やクメール(カンボジア)の影響も受け、東南アジアと東アジアの交差点に位置する独自の文化を持ちます。
練習
- 939年、白藤江の戦いでベトナムの独立を回復した人物の名前を答えよ。
- ベトナムの独立後最初の安定王朝(李朝)の都の名称(現在の都市名も)を答えよ。
- 後漢に対して独立蜂起を行ったベトナムの民族的英雄を何と呼ぶか。